第11話 僕がいい理由
「うっ、うわああああああああああああああああああ!!!」
その白い腕は、つめた~いスポーツ飲料のボタンを押した。
ガコンッ
自販機の取り出し口からペットボトルを取り出し、そしてそれは僕に差し出されたのだった。
「…えっ」
白い腕の元を辿ると、背の低めな小柄な女子が立っていた。色白で、短めのボブというやつだろうか。少し影を感じるようなそのぱっちりした瞳で、僕をまっすぐに見つめている。
「あの…えっと、どこかで…」
「麻生です」
「えっ」
「演劇部副部長の、麻生です」
「…ああ」
あの人だ。あのやたら存在感のある部長に、「麻生!!!!!」と呼ばれて黒子のように出てきた人。
「こ、こんにちは」
「先日は大変失礼しました。真野さんと前田さんを誤ってご招待してしまいました。」
「あ、はあ、」
「私たち演劇部は是非、真野さんを演劇部にお迎えしたいと思っています。あ、こちらは先日の無礼のお詫びです。」
「いや、そんな…どうも」
僕はしぶしぶペットボトルを受け取った。めちゃくちゃ冷えていて、今一気に飲み干してしまいたい気持ちになる。
「あの、どうして僕なんでしょうか。演劇部とかそういうのならそれこそ前田の方が目立つし、合ってると思うんですけど、あっでもあいつはもう囲碁将棋部に入部したみたいなんですけど」
「そうですか、前田さんにも是非来ていただきたかったのですが、残念です。」
「はい」
「………」
「………」
沈黙が訪れる。
えっ僕の質問には答えてくれないのだろうか…そんなに勧誘するなら、なんで僕がいいと思ったのかくらい、言って欲しい。
「………」
「………」
沈黙は終わらない。結局、適当な人に声をかけていて自分も人数合わせの一人とかなんだろう。演劇部に入る気は微塵もないけど、どうして僕を勧誘するのか、答えてもらえないのは結構複雑な気持ちになった。
僕はお腹も減ってきたし喉も乾いてきたしで、目の前に麻生さんにペコリと会釈をして、そのまま立ち去ろうとした。
「…あの!」
背中を呼び止められた。
「あの、すみません、正直なことを言うと、私にもわからないんです。どうして真野さんなのか。」
「えっ………はあ、」
「月曜日、あの真野さんの下校アナウンスを聞いていたのは、部長の木村だけなんです。実はあの日、大事な部活体験週間1日目ではあったのですが、とある劇団の公演が夜にあり、私たち部員は木村に全てを任せて早めに下校していたんです。なので、真野さんの声を聞いたのは木村だけ。その日の夜、演劇部のグループラインは荒れに荒れていました。木村が興奮を抑えられず、信じられないくらい連投するのです、一人で。通知の数が3桁になったのは私にとって初めてでした。そして木村は、『新入部員お披露目公演は彼を主役にする』と言い出してから空気が不穏になってきました。木村の目は信頼に足るものだと、部員の誰もが確信してはいましたが、新入部員お披露目公演の主演となると、話は違ってきます。その主演というのはきちんとオーディションが行われ…」
「ちょ、ちょっとストップ!な、なんですかお披露目って、主役?!え、すみません全然話が…どうして僕のアナウンスを聞いただけで、部長さんがそこまでになるのか…」
「そうなんです、そのオーディションというのも、演劇部の中で代々続いてきた伝統行事なのです。そのオーディションをすっ飛ばして主演を決めてしまうだなんて、そんなこと…」
「そんな話に、なってるんですか?」
渡り廊下の方から、別の声が飛んできた。男子だ。すごく身長が高い。少なくとも180cmはありそうだ。そして、イケメンだ。
「あ…っ、松原くん!」
長身のイケメン松原くんは、カツカツと僕たちの方に向かってやってきた。スリッパの色はえんじ色。僕と同じ、一年生のようだ。
「麻生先輩、その話、本当なんですか!?もう主演は決まっていて、オーディションはやらないと!」
「いや、違うの、決まったわけではなくて、」
「そんなのあんまりじゃないですか、せめてちゃんとみんなの芝居を見てからそういうことは言ってもらいたいです!」
「だから、決まったわけじゃなくて、そういう話が出たり出なかったり…」
イケメンがめちゃくちゃ怒っている。何だ、これは。何だかとんでもない怨恨案件に巻き込まれかけている気がする。そういうのは本当にごめんなんですが…。
ふいに、イケメンが僕の方を向いてキッと睨んできた。あ、かっこいい。思わずそう思ってしまった。
「きみ、経験者なの?」
「え、何が…」
「だから、お芝居の経験はあるの?!」
「ないですよ、そんなの」
「じゃあどうして演劇部に入ろうと思ったの?」
「いや、入ろうだなんて一ミリも思ってないよ」
「はあ!?」
イケメンの顔がぐっと僕に近づく。めちゃくちゃ切れられている。
「ちょ、ちょっと麻生さん、何とかしてくださいよ!」
麻生さんに思わず助けを求めるが、返事がない。僕も松原くんもあれ、と思って周りを見渡すと、いつの間にか彼女は消えていた。逃げられた。さすが黒子。知らないけど。
「チッなんだよここの演劇部…」
「…あの、僕本当に演劇部入るつもりないから…」
「ほんとか?」
「うん」
「でも、木村部長に才能を認められたんだろ?」
「いや知らないよそれは」
「本人にやる気がなくても、いや、それが一番悔しいかも。本人はやる気ないのに、周りから見たら圧倒的才能を持ってるってやつ。本当にやりたい奴からしたら、たまったもんじゃないよまったく。」
「………」
「俺はさ、聞いてたよ。」
「え?」
「真野くんの、アナウンス」