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第14話 メガネは何を覆うのか

2021年10月7日

「ああ、『三人姉妹』ね」

ザワッ………「ああ、『三人姉妹』ね」その一声で、部室内がまた一段と困惑の色を強くして騒がしくなってしまった。何が何だかわからずに連れてこられて未だこの場所に居続ける僕だけど、このあきちゃん先輩とやらのサラッと発言に何だか僕も冷や汗をかいてきた。何なんだろうこの人は。

「さ、三人姉妹…」

「チェーホフ…」

「オリガ、マーシャ、イリーナ…」

「はいいいいい!俺、オリガかマーシャかイリーナやりたいです!!!」

みんながザワザワしている中、松原くんが手を挙げて宣言した。

「わたしはオリガに立候補します!」

「え…普通に女子だよね、イリーナかなあ…」

「マーシャ!」

「わたしもマーシャ!」

「マーシャ結構おいしいよね」

高らかな松原くんの宣言を皮切りに、部室内は一気に騒がしくなった。みんな口々に自分のやりたい役を宣言し始める。ひええ、こんなにも役を演じたい人たちがいるんだ…。

僕はまた演劇部の熱気というか独特の雰囲気に圧倒されて、ちょっと疲れたのもあって壁を背にしゃがみこんでしまった。視界にはみんなの足元が映る。ボーっとみんなの足を眺めていると、スリッパが両足とも同じ色の人は当然いるが、左右違う色のスリッパを履いている人も結構いることに気がついた。なんだろう。松原くんも、えんじと緑のスリッパをはいていた。

そんなことを考えていたら、ふと目の前に二本の足が立っていた。スリッパの色は、えんじと緑だ。

「あ…」

松原くん、と思って顔を上げると、そこに立っていたのはあきちゃん先輩だった。先ほどと変わらずうっすら微笑みをたたえているが、眼鏡の奥の瞳はあまり笑っていない。

「真野くん、だよね?」

「あ、はい」

「色々面倒なことに巻き込んじゃってごめんね。楓が暴走して迷惑かけちゃって」

「楓…?」

「あっ松原。松原楓」

松原くんのフルネームを初めて知る。松原楓だって。名前も何だか洒落てるなあ。

「あ、いえ。僕も訳が分からずだたここにいるだけで」

「怖いでしょ」

「え?」

「自分自身を使って人前で何か表現したい、やりたいって願望がある人たちが集まってると、ちょっと怖い感じしない?」

「ああ…怖いというか、なんとなくそれはわかります。僕とは違う世界の人たちだなって。」

「息苦しいでしょ」

「え?」

「この部室」

あきちゃん先輩は僕の隣にしゃがみこんで、じっと僕を見ていた。彼がどういう意図で僕にそんなことを聞いてくるのかわからなかった。正直怖かった。僕の中にある何かを見ようとしている感じがして、怖かった。

「えっと、あの僕は、演劇部に入るつもりはありません」

「ん?うん、わかってるよ。」

僕はあきちゃん先輩から向けられる視線に耐え切れずすっとんきょうな返事をしてしまったが、彼は微笑んだままだ。

「僕、そろそろ帰ります」

僕が立ち上がろうとしたその時、

「おいー!お前なにあきちゃん先輩と親しげにしゃべってんだ!」

「あ…楓くん」

「あ?!」

「あはは、俺がお前の代わりにちゃんと名前を教えておいてあげたから。」

「えっ、何話してたんすか」

「別に特別なことは…。それより落ち着いたね。」

「落ち着いてないっすよ。今から役の性別関係なく立候補可能か多数決取ろうとしてます」

「えっと、『三人姉妹』ってタイトル通り三人姉妹が主人公なの?」

僕はおもわず楓くんに聞いた。

「そうだよ。でも女だろうが男だろうが関係ねえ。そういうことじゃないだろ。性別関係なく一人の人間として純粋にその役柄を見れた方が見てる側も気づけることあると思うんだ。」

「それと楓が主演をやりたいこととはまだ別の話だろ?」

あきちゃん先輩がおちょくるように笑う。

「だ、だからあ…」

「皆さん、静粛に!!」

木村部長の一声で、一気に部室内が静かになった。

「今から、多数決をとります。今年のお披露目公演オーディションにおいて、役の性別に関係なく立候補を許可するかどうか。ただし、これはあくまで立候補が可能かどうかであって、最終的に役をきめるのは演出のあきらです。立候補して最高のパフォーマンスができたとしても、性別不問で配役を決定するかどうかは演出の意向によります。」

「楓くん、」

「あ?だから楓くんって言うな」

「今木村部長が言ってたのって、もし多数決で性別不問で立候補OKになったとしても、演出?の人が最初から性別関係なくやるつもりなかったらオーディション無駄ってこと?」

「お、おい、本人の前でよく言うよ」

「え、」

そうか、あきらさんであきちゃん先輩。ハッとしてあきちゃん先輩の方を向くが、あきちゃん先輩は相変わらずニコッと微笑んでいる。正直僕はこの微笑みが苦手だ。この人が演出?なんだ。

「…あきちゃん先輩はどういうつもりでいるんですか?」

「だから、お前そういうことを…あきちゃん先輩すみませんっ」

「あはは、そうだねえ。真野くんはどう思う?」

「………」

「………」

僕は、あきちゃん先輩の瞳をじっと見つめた。彼も僕の瞳をじっと見つめている。

「…あの、」

「………」

「男性のみバージョンと、女性のみバージョン2種類を作るのはダメなんですか?」

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