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第16話 陰極まれば陽となり

2023年1月9日

「やりたくないですよ」

「……」

「どう見たって、やりたい側じゃないですよ」

突然、何を言い出すのかと思いきや。僕は思わず笑ってしまった。

「……」

あきちゃん先輩は黙ったままだ。

「放送部だって、友だちに無理やり連れていかれて、無理やりやらされたんです」

「うん」

「僕は応援する側の人間です。なので、(かえで)くんのことも尊敬してるし応援したいって今日思いました」

「うん、応援してあげてよ」

「あきちゃん先輩は……演出っていうのは、人前で何かやる人ではないんですか?」

「え?」

「演出ってどういうものなのか今いち僕はわかってないと思いますけど、僕みたいに完全に応援する側でもないですよね?」

「……」

「人前には出ないけど、表現する人ですよね?」

「そうだね」

「……」

急に言葉が詰まる。僕は何を言おうとしてそこまで言ったのか、急にわからなくなった。何故だか、あきちゃん先輩の振る舞いを見ていて少しだけ頭にきていたのかもしれない。それがどうしてなのか、今の僕にはわからなかった。

「おーい! お前、またあきちゃん先輩と馴れ馴れしく!」

(かえで)くん!」

救世主だ。僕はほっと胸をなでおろす。

「あきちゃん先輩、今日は色々とお騒がせしました! 今日は失礼します!」

「今日は、じゃなくていつもだろ」

あきちゃん先輩はまたニコッと微笑んだ。

「あははは~……、真野、一緒に帰ろうぜ」

「あ、うん」

僕はあきちゃん先輩の顔をなるべく見ないようにしてペコッと会釈をし、(かえで)くんとともに部室を後にした。

(かえで)くんは、あきちゃん先輩のことを本当に慕っているんだろうな。少しの時間見ているだけで、それが十分に伝わってきた。

(かえで)くん、なんとか児童劇団にいたんだってね、すごいね」

「あ、あきちゃん先輩から聞いたの? てかお前あきちゃん先輩としゃべり過ぎだって」

「そうかな?」

「そうだよー、あんまり馴れ馴れしくしてると、お前も坂巻あんずに目えつけられるぞ」

「あ、坂巻さん」

「俺もさー大変だよ。あきちゃん先輩にスリッパ交換してもらっちゃったからさ」

(かえで)くんは右足を軽く上げて、僕に緑色のスリッパを自慢げに見せてきた。

「あー! やっぱりそうだよね! それずっと気になってたんだよ」

「あ?」

「えっあきちゃん先輩が履いてるえんじ色のやつも、(かえで)くんのスリッパだったってことだよね?」

「そうそう。こんなんさー早い者勝ちじゃん? 俺は入学早々あきちゃん先輩に交換してください!! って頼みに行って交換してもらったわけ。それを抜け駆けだの何だのって因縁つけられて……まじで女子めんどくせえわ」

「え、なに、そういう文化かなんかがあるの?」

「そうだよ、部活で世話になってる先輩とかとスリッパ交換すんだよ。やらない人ももちろんいるけどな」

「へ、へえー」

初めて知った。先輩・後輩間でスリッパを交換する文化。色々あるなあ、この学校……。

またこの学校の面倒くさそうな一面を知って少しだけげんなりした直後、校門に差し掛かろうとしたタイミングで僕を呼ぶ声がした。

「あ、前田!」

「あ、昼間の……ども」

前田は楓くんにペコリとする。

「え、あーこれが前田くんか! 最初お前と間違えられてたやつ!」

「あー、そんなこともあったね……」

「演劇部1年の松原(かえで)でっす! よろしく!」

「どうも、前田優磨です。……え、演劇部決定?」

「違う違う! んなわけない!」

「そう、俺が無理やり連れて行っちゃったんだけど。あでも、こいつすごい良い提案してくれてさあ、演劇部を沸かしてきたもんな!」

「へえー」

「違う違う、沸かしてない」

「前田くんは? 部活決めたの?」

「俺は囲碁将棋部」

「えっっっ?! 囲碁将棋?!」

(かえで)くんはその言葉を聞いた瞬間びっくりして固まった。僕はそんな彼を見て、ブフーと吹き出してしまった。

「あはは、そうだよね、おかしいよね」

「別におかしくないだろ」

少し拗ねる前田。

「前田、ずっとサッカーやってたんだよ。だから佇まいとかもなんか完全に運動部って感じなのに、おもしろいよね」

「へえー! サッカーやってたんだ、すげえ! え、高校ではやんないの?」

「うん、まあもういいかなと思って」

僕はこのやり取りに、一瞬ドキドキしてしまった。前田がサッカー少年だったことをポロっと言ってしまったのは僕自身なんだけど、僕にとって、そしてきっと前田にとってもとてもナイーヴな話題だからだ。

「じゃあサッカーやってる人の役が回ってきたら、これから前田くんに聞こーっと」

(かえで)くんは、僕と前田にニカッと笑いかけてそう言った。思わぬ反応に呆気に取られたけど、その笑顔に、僕は少しだけ救われたような気がした。