第17話 春雷は悩ましい
「えー、まだ入部届を出していない人は明日までだからなー。忘れないように」
朝のホームルーム。僕たちの担任、長谷川先生がそう言うと、教室内が少しだけ沸き立つ。
「お前、決めた?」
「まだ。入りたいとこねーわ。かったりー」
「テニス部の松野先輩わかる?めっちゃかっこいいから!」
「わたしの周りそれ目当ての女子テニ入部多いよ~彼女いないんでしょ?」
「そうそう、1年の時からいないらしいよ」
「まじ?!なんで?!」
……みんな朝から元気だ。というより、部活と聞いてこれだけ盛り上がれるのか。素晴らしいものだ。まだどこに入部するかなーんにも決まっていない僕にとっては、部活の話題なんて、もう部活の「ぶ」という響きが聞こえてくるだけで気が滅入ってくる。
「おいー、そんなに盛り上がらんでくれー。うるさいぞー」
長谷川先生はまったりタイプのベテラン教諭で、現国の先生だ。まだ出会って数日だが、僕はこの先生を中心としたまったりとした空気感が嫌いではなかった。
「はい、じゃあまあ何かあったら遠慮なく言ってくれー。」
このセリフは、ホームルーム終了の合言葉みたいなものだ。
「えー、じゃあ今日日直は瀬崎、よろしく頼むなー。ほいじゃ」
ガララッ
ホームルームが終わり、長谷川先生が教室を出ていく。
と同時に、前田が振り向いて僕を見ていた。
「昨日言い忘れたんだけどさ、生徒会ちょっと手伝うことになったわ」
「……は!?」
「囲碁将棋の合間に。何かそういうの多いらしい。生徒会長が囲碁将棋部所属の人の年は。」
「そうなんだ…なんか忙しくなりそうだね」
「まあそんなにはやることないみたいだけど」
「これを機に、将来前田が生徒会長になったりして。ははっ」
「そうかもな」
……冗談のつもりで言ったんだけど、普通に返されてしまった。何だか楽しそうで良かった。ちょっと寂しいけど。
「ということで、今日さっそく昼休みに行くところがあるんで、よろしく」
「え、よろしくって何」
「ついてきてってこと」
「なんで!」
「まあまあ」
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴って、前田は前へ向き直った。……またお昼休みにかり出されるのか。少しはゆっくり昼ごはんを食べたいんだけどなあと思ったけど、じっとしてても今の僕だと気が滅入ってきそうだし、もう、どうとでもなれ!と心の中で叫んだのだった。
「いや~、まさかこんなところでだな~。囲碁将棋部にしたのか。」
「いえ、僕は違います。あっちの前田ってやつが囲碁将棋部で、何故か僕は連れてこられました」
「ほー。じゃあ、何部?」
「まだ決めてません」
「えっ……放送部は…?」
目をキラキラさせて熱い視線を送ってくるこの人、この先生は、放送部顧問の石川先生だ。僕たちが放送部のアナウンス体験をした時、ゼエハア言いながらどこからか駆けつけてきた、あの背の高い先生だった。
お昼休み、前田に連れていかれた先は生徒指導室だった。なんでも来月5月に行われる遠足の資料を、A地点からB地点に運ぶというミッションだったらしい。ザ・雑用。
しかし資料は想像していた量の倍の倍以上で、生徒指導室にいた先生に手伝ってもらうことになった。そこで、まさかの再会を果たしてしまったのだ。放送部顧問。
「放送部」
「……」
「放送部はどうかな」
「……」
「楽しいと思うんだけどなあ」
「……」
「放送部に、してみないか?」
「うわっ、…すごいいい声出るんですね」
「あ、ほんと~?実は昔から声だけは褒められるんだよねえ~ハハハ」
「そんなにいい声なら先生がやればいいじゃないですか」
「な~にを言ってるのかね、部活というものは生徒諸君が主役です!」
「そうかもしれないですけど、」
「それにね、俺はやっぱり応援する側の方が楽しいんだよ」
「え?」
「自分がやるのより、人が頑張ってる姿を見る方が、ずっと楽しいし力もらえるのよ。そういうタイプなの、俺は」
「……それ、わかります。」
「お?」
「僕も、そっちのタイプです。人を応援する方が好きです。」
「うんうん、なら放送部ぴったりだね。」
「え!?今そういう流れじゃなかったと思うんですけど」
「ハハハ、真野はちゃんとリアクションしてくれて面白いな~、あ、長谷川先生!」
「あ、石川先生どうも。なんだ真野、お手伝いか。」
「あ、長谷川先生…」
「ああ、真野は長谷川先生のクラスでしたか!」
「1年9組だよ。」
「長谷川先生、真野は放送部に入部を決めてくれました!どうぞよろしくお願いいたしまっす!」
「ほうー、良かったな真野。入りたい部活が見つかって。実はちょっと心配してたんだ。良かった良かった、ワハハハハ」
「ハハハハ、部員たちも喜びます、ハハハハハ」
えっ。
「ワハハハハハ」
「ハハハハハハ」
え?????