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第2話 夕日の中のマイク

2021年10月7日

「放送部、いいんじゃないの?」

「だから、いやだってば。そういうなんか目立つようなことはしたくない。わかるだろ」

「いやでもあの盛り上がり様、まるで数十年に一度の逸材がわが校に降臨された、みたいな。すごかったよ」

「いやいや新入生にはみんなああいう対応してんだろ、部員も5人しかいないみたいだし。最低人数なんでしょ、5人が」

「でも、俺もいいと思ったけどなあ」

だーかーら!なんなんだこいつはさっきから!これだけ勧めておいて、自分は放送部なんて絶対入らないくせに。あれ、もしかして僕が同じ部活になるのを阻止しようとしてるのか?そうなのか、前田!

校舎に向かって右側、なかなか立派な部室棟がそびえたっている。何代か前の校長の時に今の「全員絶対部活動」制度が始まったらしいが、そこから一気に部活の数が増えたため、部室棟も改築したようだ。

僕のイメージだと、運動部と文化部にある程度分かれて部室が配置されているものと思ったが、ここは違うらしい。バドミントン部の横に鳥類研究部、囲碁将棋部の横にラグビー部がある(これはさすがに囲碁将棋部がかわいそうじゃないか?ラグビー部なんてどう考えてもうるさそうだし、対局に集中できないだろ)。

だから順番に回ろうとすると、運動部・文化部関係なく結構色んな部活に遭遇するのだ。僕としては興味があるところだけ訪ねて、ないところは飛ばすつもりでいたのだが、前田は律義にもきちんと順番に回ろうとする。少しげんなりしながら、僕は前田についていくがままだったのだが、そこで、予想もしなかった展開になるのだった。

「アナウンス体験、してみませんか?」

一瞬、いやまあまあの時間(に感じた)、沈黙が流れる。

前田が何の躊躇もなく「放送部」とプレートが下げられた部屋へ入ろうとする瞬間から、こんな空気になることは予想がついていた。長年のサッカー経験の賜物なのか、彼は動きのスピードがさりげなく速くて、気づいたら隣にいたり、気づいたら数メートル先の猫と戯れたりしていることがよくある。前田がどうとか以前に、僕の動体視力というか周囲認知力的なものが低いのかもしれないが。

中に入ると、3人の女子生徒たちが僕らを取り囲んでいた。は、速い…やっぱり僕がボーっとしすぎているのだろうか…

目の前の3人は、ウルウルつやつやした瞳で僕たちに熱い眼差しを送っていた。まるで僕たちが入部届を提出しに来たとでも言わんばかりの歓喜の熱量だ。

放送部は人数的には存続ギリギリなのだが、なくなると学校行事等で色々と困るポジションにいるため何とか首の皮一枚で繋がってきたらしい。だからこそ、勧誘の気合というか、圧が凄まじい。3人とも僕より背が高いせいもあるかもしれない。でも、こうなることは誰でも予想がつくはずだ。放送部の体験なんて、他に何がある?

「この体験週間の間、放課後自由に校内アナウンスしてもいいっていう許可がおりているんです。あなたたちが記念すべき最初のお客さんなので、是非、自由にはりきってやっちゃってください」

最初のお客さん…いやもう下校時刻ギリギリなんだけど。放送部なんて一部の人からしたらすごく人気がありそうなんだけどなあ。そういうのに憧れそうな人絶対いると思うのだけど、イメージと現実はこうも違うものなのか?

前田の方をちらりと見やるが、まっすぐ前を見つめて微動だにしない。前田は時々こんな感じになる。何かめちゃくちゃ脳内で考えているのか、はたまた何も考えていないのか、真相は定かではない。というかこの空気何とかしろよ。入ろうって言ったの、そっちだろう…

「全然、恥ずかしがらないでいいですよ。今まで校内アナウンスってしたことありますか?これねえ、やっぱり一度経験しちゃうと、やめられないんですよ。よく舞台役者とかで、一度ステージの上で照明の光を浴びると、もうその光なしでは生きていけなくなるとかなんとか、言うじゃないですか。それと一緒なんですねえ。自分の声が、スピーカーとかを通してその場全体に響き渡ってるのを聞くと、もう、ねえ。気持ちいいなんて簡単単純な言葉では表現しきれない、なんというか、アレなんですよねえ…あっ文章はもちろんこちらで用意してありますし、嚙んだりしても全然、無問題です。私たちなんて普段から噛みまくってますし、」

さすが放送部。すごい喋る。でも僕は結構、沈黙に耐えられないタイプなんです。

「いや、すみません。僕たちそういうのは…」

「やります」

また沈黙、というか、時が一瞬止まった。僕はその時、マンガでよくある目玉がまんまるに大きく飛び出しているみたいな顔になっていたと思う。

前田…実はこういうのに興味があるのか?小学校からずっと一緒にいるけど、未だに彼の新たな一面に驚かせられることは少なくない。

前田に対する呆れとか、ちょっと怒りとかなんだかもう色んな感情がぐるぐるし出して、その後のことは正直あんまり記憶にない。あの瞬間を除いて。

気づいたら僕たちは放送室に移動していた。そりゃそうか、部室じゃ校内アナウンスなんかできない。

そうしているうちに、本当に下校時刻になってしまい、日々放送部がアナウンスしているレギュラーのものを急いでやることになった。

何故か僕は大人しくマイクの前に座っていた。早く適当にやり過ごして、帰りたかった。前田に振り回されることには慣れているけど、僕は普段自分で言うのもなんだけど穏やかな方で、こんなに…なんと言うか、イライラしていた。理由はよくわからない。理由はよくわからない、とかなんとなくとか、そういうの僕結構多いんだな。

時間が迫っていて、放送部のお三方も多少焦りだしたこともあり、気づいた時にはもう時計は18時ぴったりになっていて、あの聞きなれたチャイムのボタンが押されていた。

チャイムが鳴り終わり、僕が喋り出すまでの時間はほとんどなかったと思う。真っ赤な夕日が窓から差していて、眩しくて目があまり開けないし、渡された原稿もよく見えない。

周りが急にとても静かになった気がして、そのせいか僕の心臓の音がドクン、ドクンと低く聞こえだした。身体でも波打つのを感じている。これ、みんなに聞こえてないかな。恥ずかしいから聞こえていませんように。

そんなことを考えていたら(そんな時間、なかったはずなんだけど)急に不安になってきて、足元から崩れ落ちそうな感覚になる。怖い。僕にはやっぱりできません。でも、もうチャイムは鳴り終わったのだ。みんなが、僕の声を待っている。僕は意を決して、大きく息を吸い込んだ。

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