第21話 先輩 と 呼ぶ 心理
「下校の時間になりました。まだ校内に残っている生徒は、消灯、戸締りの確認をしてから帰りましょう」
蛍の光。今日は、2年の川崎先輩の下校アナウンスだった。川崎先輩は、僕と前田が部活体験に行った時にも、今朝もいなかった先輩だ。だからたった今初めましてなのだが、その声はなんとなく耳に残っていた。滑舌が良くて、すごくきれいなんだけど芯が通っていて聞いていて安心する声。アナウンサー志望と言われても納得の実力を持っているような感じがした。僕は素人だけど。
「いや~お疲れ様!」
蛍の光が流れる中、顧問の石川先生が放送室に入ってきた。
「先生~!!!!」
先輩4人が石川先生に駆け寄る。顧問と生徒の関係は良好のように見える。……というか、仲良過ぎじゃない?
「いや、ほんと、真野くん、放送部へようこそ! 楽しく、無理せず、頑張りましょう~」
「よ、よろしくお願いします」
「ほら、先輩たちも怖い人一人もいないでしょ?」
「あ、はい。今のところは……」
「今のところはって~! 誰も猫かぶってなんかないよ~」
みとちゃん先輩が言って、みんながハハハっと笑う。
「先生、真野くんには一応一通り説明終わりました」
「そっかそっか。ありがとう。じゃあ後は歓迎会の話だな!」
「かんげいかい?」
「そうですね! 伝統の! 今年も無事開催できて嬉しいです!」
吉森さん、吉森先輩はぱあっと顔をほころばせた。少し、ドキッとしてしまった。
それにしても「〇〇先輩」という響きは、自分の口から出すのに慣れるまで少し時間がかかりそうだ。こそばゆい。今まで自分にとってこんなに身近な上級生、先輩というものがいたことがなかったのだ。
「明日だと急だから、来週の土曜とかはみんなどうなの?」
石川先生がみんなに問うと、「大丈夫です!」と4人の声が響いた。
「主役の真野くんは?」
「だっ大丈夫です」
「よし、よしよしっ! では来週の土曜、放送部新入生歓迎会じゃー!!!」
「「「「おっしゃー!!!!!」」」」
「あ、これ一応伝統の掛け声ね。誰かが〇〇じゃー! って言ったら、おっしゃー! で返すの。」
またもや未知の熱量に呆気に取られている僕に、川崎先輩がこっそり教えてくれた。
「はっはい……おっしゃー」
「そこの駐輪場で、バーベキューをやります! 各自なんでもいいのでお肉持参で、よろしく! 今日の部活はここまで!」
「あれっ」
先輩たちと放送室を後にし、校門に向かっていた。校門に誰か立っている。前田だ。
「おっす。お疲れ」
「えっまさか待ってたの?」
「うん」
「え、ごめん、言ってくれれば」
「いや、勝手に待ってた」
「あれ、前田くん!」
吉森先輩が声をかける。そうだ、前田も一緒に体験に行ったのだから、放送部のほとんどの人と前田は顔見知りだった。
「あ~、真野くんと一緒に来てくれた子だね~」
「何部に入ったの?」
みとちゃん先輩とさきぽん先輩も、あの場にいた。
「囲碁将棋部です」
「えー! そうなんだ! 意外、かと思いきや結構しっくりくるかも……」
「頭良さそうだもんね~」
「生徒会がらみ?」
「いえ、そういうわけではないんですけど、手伝いはしてます」
「手伝いはいいけど、僕まで巻き込むなよな」
「なんだよ、昨日は大丈夫って言ったろ」
「いっ……いいね……!」
急に大きな声が響く。振り向くと川崎先輩だった。
「そうだ、前田は初めましてだよな。僕もさっき初めましてだったんだけど。2年の川崎先輩だよ」
「初めまして、前田です。真野がお世話になってます」
「何だよ、その言い方!」
「いいいいいいいいい!!!」
「……???」
「いいね……真野くんと、前田くん。真野くんと前田くん……」
「ちょっと川崎!やめなよ!」
「ついこの前まで中学生だった子たちだよ?」
女子4人がなにやら揉め出した。なんだろう?
「いやすみません取り乱しました、でもだって、不意打ちなんですもん。まさか校門で急にこんなことありますか? あーーわたし弟とかいないですけど、今なんかものすごく貴重な体験させてもらってる気がします、弟がいたらこんな感じかあ、かわいいなあと思ってた矢先、矢先ですよ!? これなんだろ、お父さんの気持ちかな? かわいいかわいい娘をどこぞの馬の骨に奪われてゆくお父さんの気持ち……、あ、いや前田くんがどこぞの馬の骨って言いたいわけではない! 断じてそうではない! 素敵よ! 前田くんかっこいいし! 普通にモテそう! だけどこうしてさ、約束もせずに」
「うおおおい!! めちゃくちゃしゃべるな!」
「ストップストップ! ごめんね真野くん前田くん、先帰ってて」
「川崎~いくらなんでも初対面の子たちにいきなり失礼だよ~」
川崎先輩、さすがの滑舌・発声の良さであんな早口でも全部はっきり聞き取れた……すごい。川崎先輩の本領を垣間見た気がする。言ってる内容はよくわからなかったけど……。
「では、お先に失礼します」
うおっ、前田も対応が早い。順応性、こういうのも僕には足りないんだろうな。
「失礼しますっ」
「ごめんね真野くん! お疲れー!」
僕たちは先輩たちを後にして、校門をくぐった。川崎先輩は、まだ高速で何かを口走っているようだった。すごい。