第24話 声だけなら許される?
「ちょっと! なんか空気暗いですけど!」
2年の、川崎先輩が部室に入ってきた。
「あ川崎。お疲れ~」
「お疲れ様です」
助かった。と、思ってしまった。できればモヤモヤには蓋をしておきたい。蓋をしたまま。それはとても不安定で危うい足場かもしれないけど、それでも今までそうやって、僕は前田の隣にいたのだ。その危うい足場の上で、安らぎを感じていたのも事実だ。
「なに、真野くん。みとにいじめられた? 大丈夫? 何か顔の影濃い目だよ?」
「ちょっとやめてよ~いじめる訳ないじゃん。え、あれ、いじめてないよね?」
「あっいえ、全然!」
「え~ごめん、そんなつもりないんだよ~。嫌だったらすぐ言って。絶対言って」
「そうだよ真野くん。今の時代、先輩後輩関係なく、よろしくないものはよろしくありませんって言っていこう! それで! 何の話?」
「あの、僕もあんまりわかってないんですけど、1年の女子が松野先輩と何かあったみたいで、たまたまその場に遭遇してしまって……」
「聞いた、それ。もう、全然気にしなくていいから! 松野先輩と何かしらあった女子数えきれないらしいからね。全部活制覇してんじゃない?」
「違うよ川崎~今回は最後の砦の演劇部なんだよ。だからまたざわついてるんでしょ~?」
「あ、そうだっけ?」
「そう。あのね、たまたまだと思うけど演劇部の女子だけには手出さなかったしいんだよね、今まで~」
「へー……。あの、聞いてもいいですか?」
「なに、真野くん?」
「ということは、放送部の女子も、何かしら手を出されてるってことですか?」
僕がそう言い放った瞬間、みとちゃん先輩と川崎先輩は二人で顔を見合わせて目をパチクリさせたかと思うと、突然盛大に吹き出して笑い始めた。
「あはははは、真野く~ん!」
「いい着眼点だねほんと! あははははは」
目の前の女子高生2人による大きな笑い声のパワーに、僕はただただ呆気にとられていた。放送部で日ごろから声を出していて発声の基礎がちゃんとしているからか、笑い声のボリュームというか響きが凄まじい。響きというか、地響きといっても過言ではないと思う。
「あのね~その通りです! でも現役生にはいないから安心して! 今の3年生の一つ上、私たちが1年の時の3年生だね~」
「じゅり先輩って言って、すごく綺麗な人でね、松野先輩から近づいたみたいなんだけど……」
「なんとまあじゅり先輩、5股かけてたんだよね~」
「え……5!?」
「そうそう、だから松野先輩は6番目の男にされそうになって、身を引いたの」
「いや~ちょっと私たちにはまだ刺激が強すぎたよね~」
高校生ってやっぱりなんだかすごいな。自分がとんでもなく子どもに思えてきた。
「ちょっとちょっと、清らかな新入部員に何昔の話吹きこんでるの!」
「懐かしいねー、私もびっくりしたっていうか普通に引いたな」
3年の吉森先輩とさきぽん先輩が部室に入ってきた。よし、放送部全員(部長除く)の名前はひとまず大丈夫そうだ。
みとちゃん先輩と川崎先輩は「すみませ~ん」と照れ笑いしながら謝っている。吉森先輩は少し困ったように笑いつつも、背筋を伸ばして部活モードに切り替わった。
「よし、えっとまず連絡事項ですが、例年通り1学期の間は、1年生は朝と昼の放送当番は免除されます。クラスの子たちとしっかり親睦を深めて欲しいからね。あ、でもたまにどうしてもお願いしたいときは事前に連絡するのでよろしくです」
「わかりました」
「その代わり、下校時刻のアナウンスはしばらく真野くんに担当してもらいます。あ、これも部活に来れる日の話であって、部活休めなくなるとかそういうことじゃないからね」
「え、あ、あの」
「なに?」
「……やっぱり、アナウンスしないとダメなんでしょうか?」
「え?」
何を言ってるんだ?こいつは、と言っているかのような目で、4人の先輩の視線が一気に僕に集中する。
「あの、僕一応石川先生にも、裏方希望でってお願いしたんですけど……」
「うーん……しゃべるのが、イヤ? 恥ずかしい?」
吉森先輩が優しく問いかけてくれた。
「あ、恥ずかしいという気持ちはもちろんあるんですけど、なんでしょう……僕がやっていいのかなっていうのか何というか……」
場違い感、だろうか。でもすごくグレーだ。僕の姿はみんなには見えないから。声だけ、なのだ。声だけなら何とか許されるのかもしれない……そんな気持ちなんだと思う。
「真野くん」
川崎先輩だ。
「あのね、まだ真野くん高校に入ったばっかりだし、放送部入るって決めてくれたの数日前だし、色んな新しいことが押し寄せてくる中で他人から色々言われても、しっくり実感を持って受け止められないことも多いかもしれないんだけど。私は、真野くんのアナウンス初めて聞いたの、先週の金曜の朝が初めてで。すっごく良いなって思った。技術とかそういうことじゃなくて、生まれ持った声質とかマイクの乗り具合とか、感性みたいなものとか……。そういうのって、努力して得られるものとは別のことで。正直嫉妬したし、すごくやる気も出てきたの。それが、本当に嬉しかった。だから、個人的にというか……個人的じゃないね、ここにいる全員と石川先生、みんな真野くんがアナウンスしてくれたら嬉しいって思ってるよ。真野くんの声、たくさん聞かせて欲しい。でもね、無理してやるのは違うから……そこは本当に無理しないで。思ったこととか何でも、言って欲しいし。ていうか今のも、素直に気持ちを言ってくれて嬉しかった。ありがとうね」