第28話 今世の配役
「あへ、何ひてるの?」
「おい、俺だと確認してから何事もなかったかのように肉にかぶりついてんじゃねえ!」
楓くんは体操着を着ていて、ほんのり汗をかいていた。
「あ、部活中?」
「そうだよ、ウォーミングアップ・ランニング校舎外周3周! 俺は1着!」
「ふごいね」
「だから肉食うのやめろよ!」
「ほめん」
「あれ、赤星から渡されてる? チラシ」
先日、同じクラスの赤星くんから渡された演劇部の新入部員お披露目公演のチラシだ。
「うん、もらった」
「絶対来いよな。発案者なんだから」
「うん、そのつもりだよ」
「投票もあるから。男祭りか女祭りどっちが良かったか」
「祭り……?」
「両方とも観て、ちゃんと審査してくれよ」
「あ、もう役は決まったの?」
「うん、オーディションは終わった!」
楓くんは嬉しそうに笑った。希望通りに、役が勝ち取れたのだろうか。
「楽しみにしてろよ!」
楓くんは元気に走り去って行った。校舎外周3周って、結構キツイんじゃないか? それを走り終わった後で、あんなに爽やかにしていられる人この世にいたのかと思わされるくらい、彼は輝いていた。
「……あれが噂の楓くんかあ」
川崎先輩がボーっと彼の後ろ姿を眺めながらポツリと呟いた。
「なんか太陽のような子だね」
さきぽん先輩もお肉に食らいつきながら続ける。
「もちろん真野くんも素敵男子だけど、前田くんといい楓くん? だっけ? キラキラ男子が集まるねえ~」
「みとちゃん先輩、無理しなくて大丈夫です。そうですね、確かに僕とは住む世界が違うというか……」
住む世界が違う。違うかなあ。楓くんはわかる。楓くんは完全になんかあっちの世界の人だ。あっちの世界の人だから色々次元が違うから、こんな僕にも(何故だかよくわからないけど)構ってくれているんだと思う。でも、前田は? 前田もそうなんだろうか。そうだと思う。思うけど、絶対に認められないんだ僕には。こっち側に、いて欲しいんだ。
「いやいや、真野くんはまーじで可愛いから! 大丈夫! にしても、そうかーそう来るかー。真野くんと前田くんに、演劇部の王子も入ってくるわけね……いいねえー」
「川崎、あんたの考えてること大体わかるけどいい加減にしときなね~」
「なっ、わたしが今何を考えてるのかわかるならあんただって同罪だよ、みとー!」
「はいはーい! じゃあそろそろいったん箸を止めてもらって、恒例の決意表明に行きたいと思います!」
吉森先輩がパン! と手を叩いた。周りの先輩たちも段取りをすっかり把握しているようで、みんなに合わせて僕も箸を置く。
「吉森! えっと、高校生最後の夏、放送部最後の夏、悔いのないように全員で、全力で楽しく過ごしたい!」
パチパチパチパチ。
「加藤! 最後の夏は、新しいことにチャレンジする!」
パチパチパチパチ。
「松本! 去年は声を枯らしてしまった時期があったので、今年は、これからはケアのこともしっかり勉強してみんなと共有したい!」
パチパチパチパチ。
「川崎! 全日本放送コンクール、アナウンス部門、全国を目指す! 行きたい!」
おおーっとみんなが思わず声をもらした。パチパチパチパチ。
「次、真野くんだよ。突然始まってびっくりしたと思うけど、今みんなが言ったみたいに何でもいいの。決意表明」
吉森先輩が隣で優しく教えてくれた。決意表明。
「ぼっ、いや、真野! えっと……」
決意表明。決意。周りのみんなが、僕を見ている。
「えっと……僕は、」
「もう、めちゃくちゃびっくりした! 何で? と思って」
「お母さんもびっくりしたよ~。前田くんが囲碁将棋部って言うから一緒に入るのかと思ってた」
兄・真人がカリフォルニアから帰ってきた。お土産はマカダミアナッツのチョコレート。これって、ハワイの土産じゃないの?
「え、放送部って校内放送とかするんでしょ?」
「……そうだよ」
「うえー!!!!! 想像できん!」
兄と母は楽しそうにケタケタ笑う。今日の晩ご飯のメニューは、また生姜焼きだ。兄の好物だ。
「……」
ご飯を食べ終わったら、速攻で部屋に戻りたい。あとお風呂にも早く入りたい。バーベキューの匂いが結構身体に染みついている。残念ながら、兄はもう先にお風呂に入ってしまったようだ。できれば先に入りたかった、今日みたいな日は特に。
「お前のイメージの対極というか、放送部なんて人前に出るようなやつ大丈夫なの?」
「……」
「あれか、高校デビュー的なやつ? まあ確かに新しいことチャレンジするには今みたいなタイミングだよなー」
「……」
「前田くんにも何か言われなかったの? お前大丈夫かみたいな」
「うるさい」
「え?」
「高校デビューでも何でもないし、たまたま前田と一緒に見学行っちゃって、人数ギリギリで廃部寸前だからって頼みこまれて断り切れなくて入っただけ。顧問にも、裏方だけやらせてくださいってちゃんと言って入部したから、校内放送とかするわけじゃない」
兄と母はポカンとした顔で聞いている。
「これだったら、僕のイメージから外れない?」
僕はそのまま箸を置いてリビングを出て、風呂場に駆け込んだ。湯気と泡でいっぱいにして、牛乳石鹸の香りに包まれて、全部消したい。小学生の頃、野球をして泥だらけで帰ってくる兄の「ただいまー!」の声をかき消していたように。このバーベキューの匂いも、僕に与えられた“役柄”も……。