UA-199891397-1

第3話 たったの8秒

2021年10月7日

「下校の時間になりました。まだ校内に残っている生徒は、消灯、戸締りの確認をしてから帰りましょう。」

僕が読み終わった後、3拍程、無音の時間が流れた。あれ、おかしいなと思いかけたところで、聞きなれた蛍の光が流れ出す。部員の誰かが急いでまた別のスイッチを押したみたいだ。

とても短い、たった二つの文章だった。僕の仕事は終わったのだ。あっけなかった。今の、本当に校内に流れていたのだろうか?放送室の中は放送が聞こえないようになっていたので、僕の声がどんな風に流れていたのか知る由もない。何でもいいけど。心臓の音はまだひどく大きく聞こえているが、終わったのだ。早く帰らせて欲しい。

「あ、ありがとうございました」

くるっと後ろを振り返ると、何故かみんな固まっていて、僕を見つめていた。

前田もいつもより2割増しくらい目を大きく開いていた気がする。あれ、僕何かやってしまったのだろうか…でもそんなこと言われても無茶ぶりにも程がある。こっちにも言い分はあるぞ。

すると遠くから、バタバタと騒がしくこちらに向かってくるような足音が聞こえた。音の感じから想像すると男性のようだ。

バタバタバタバタバタ…ガッッッどしーんカラカラカラ………

あれ、転んだのか?と、思いきや、またバタバタはすぐに再開して、僕たちは静かにその足音の主がやってくるのを待っていた。心なしか、放送部の3人は微笑んでいるように見えた。気がした。

「いっ…今のっ…だれ!」

僕たちがいる放送室の扉が勢いよく開き、背の高い男の先生が入ってくる。さっきまでの足音の激しさと、今のゼーハー具合で相当無理をして普段出さないスピード感で走ってきたのだと思われる。

「い…はぁ、はぁ、今の、はぁやつは、誰、」

「せんせぇ~、何年ぶりなんでしょうか、男子生徒の、まだ少しあどけなさが残りつつも凛々しく爽やかで柔らかな新芽のような、校内アナウンスが流れるのは」

「おおう、そうか、そうなのか、うぅ…ありがとうありがとう、多分、ゲボッ、はあ、13年ぶりとかになる気がするなあ…うん、」

「じゅう…っ、そうなんですね、そうか…私たち、こんな場に巡り合えて、幸せ者です、」

「あ、あのお…」

僕たちの存在を完全に忘れてないか?何がなんだかよくわからないけど、このままここにいてはいけない気がする。

「前田、もう行こう」

「え?」

ぽかーんとする前田の腕をつかみ、ごちゃついた自分たちの荷物をふんだくり、僕は放送室を脱出した。僕ってこんなに素早くアクションできるんだ、と自分に感心したくらいだ。

陽はもうほぼほぼ落ちていて、かすかに残った燃えるような赤が遠くに見える。

僕たちはしばらく無言で家路を歩いた。だんだんと空気がひんやりしてくる。

やっぱり、自分には部活動みたいなものは合わないとつくづく感じた。周りの視線が僕に集中するのが耐えられない。僕を見ないでほしい。緊張して、何をするにも生きた心地がしない。少し手を動かすのだって、標本みたいに自分の身体にどこか針を刺されているみたいでとても窮屈で、不快だ。そんなの全ての部活動にあてはまらないだろうと思う人がいるかもしれないけど、よくよく考えて欲しい。部活というものには何かしらの眼差しがつきまとう。部員同士はもちろん、顧問の先生、クラスメイト、学校、保護者、そして社会…。誰も君なんか見ていないよ、なんて嘘だ。僕も見ているもの。いいなあ、とか、かっこわるいなあ、とか、そんな自分も嫌だけどみんなのこと見ている。帰宅部プロの僕でさえこうなのだから、部活動なんてたまったものじゃない。みんなよくやっていられるよな。こんなことで、これから先やっていけるのだろうかとぼんやり不安になることもある。今日、改めて恐ろしくなった。

ふと、隣の存在を思い出した。今僕の隣にいる前田はどうなのだろう。前田もやはり僕のように、周りのあれやこれやに疲れてサッカー部をやめたのだろうか。気になってはいるのだが、なかなかそういう話にもっていくことができない。それは、彼の答えを聞くのが怖いというのもあるのだと思う。答えを聞いたら、一気に彼が遠くに行ってしまう気がする。

「で、どうすんの?」

「…え?」

「放送部」

「いや、だからあれは…というか前田、どさくさに紛れてアナウンス体験回避したな」

「お前が自分から行ったんだろ」

「はあ?!だからあれは…」

「いいもん聞けたと思ったけど」

「………」

「ああいう感じのお前、久しぶりに見たかも」

「…どういう感じだよ」

「わからん」

「………」

「いや、まあ俺は前からいい声だとは思ってたけど」

「はあ!?そんなこと言われたことないし、急になんなんだよ」

どういう感じの僕だったのかと久しぶりというのがちょっと引っかかったけど、僕はもうクタクタに疲れ果てており、1秒でも早く眠りにつきたくて急ぎ足で帰った。

ツギクルバナー