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第31話 染みわたって

2022年10月19日

放送室のこじんまりとしたスペースで、座って、マイクに向かってしゃべる。

僕がマイクに向かって発した声が、どんな感じで校舎内に響いているのか、僕にはわからない。録音したものを流して、一度自分の声を客観的に?聞いてみるのはどうか先輩たちに相談してみたことはあった。あまりにも、不確かだった。本当に今自分の声が流れているのか。校舎内のスピーカーから流れ出て、みんなの耳にどのように聞こえているのか。それを試してみるのももちろん勉強になるけど、やはり録音と生の声じゃ、また全然別のものだとさきぽん先輩は教えてくれた。

そして、今。ここはこじんまりとした放送室ではなく、目の前には豊かな自然が広がっていて、たくさんの生徒たちがいる。

「真野くん、大丈夫だよ。いつも通りね!」

吉森先輩がポンと肩をたたいてくれた。

「あんまり誰かに色々言われると余計緊張するタイプなんだけどわたしは、真野くんはどっち?」

「あ、今まで生きてきて緊張する場面があまりなかったのでわかりません」

「ズコー!」

「川崎、リアクション古い~」

息を吸う。緊張は、多分初めてアナウンス体験をした時よりは、していないと思う。何故かというと、話す相手が今目の前にいるから。

マイクテストでさっきちょっとだけ、「あ」って言った。マイクを通して聞く自分の声も、ほんの少しわかった気がした。

息を吸う。

「それでは、ただいまより、健脚会プログラム・歌おうぜ会を始めます」

聞いてくれても聞いてくれなくても構わない。でも、一番後ろの人までちゃんと声が届きますように。

「進行は私、放送部1年、真野が務めます。よろしくお願い致します」

その瞬間、大きなたくさんの拍手と、イエーイというような楽しそうな声とか、笑い声とか、色んなものが返ってきた。

「では初めに、生徒会長のあいさつです」

パチパチパチ……「えー皆さん、おはようございまーす! 疲れてないですかー!」と、生徒会長の軽快な挨拶が始まった。僕は一旦後ろに下がる。

息を吐く。気づいたら心臓がすごい勢いでドクドク言っていた。やっぱり緊張していたか。

「真野くん、ばっちぐー」

川崎先輩がウインクを投げてきた。

「ばっちぐー。いやー鼻が高い。俺なんもしてないけど鼻が高いよ」

「ほんとですよ、石川先生なんもしてないのに」

「え! さっきまでめっちゃ準備してたの見てない!?」

ドキドキする。でも、嫌じゃなかった。別に僕の司会の第一声が良かったからだとか、そういうことは全く思わないし本当にそうではないんだけど、今この場が良い感じの空気になっているのは確かで、僕もそうなって欲しくて、そしてそれが目の前の人たちに伝わって共有できたような気がして嬉しかった。んだと思う。

さっきあきちゃん先輩からもらったスポーツ飲料ではなく、ミネラルウォーターのペットボトル。吉森先輩が飲み物を持ってきてくれた。

「生まれ持ったセンスだと思う。大事にした方いいよ」

 

「真野~! お疲れ~!」

「あっ(かえで)くん!」

「めっちゃしゃべるじゃん今日! ずっと司会やんの?」

「ううん、後半は先輩と交代」

「じゃあこれで一息つけるのか。昼飯は?」

「あ、」

放送部の先輩たちを見やる。川崎先輩が気づいてくれた。

「あっいいよ真野くん、休憩してきて! お友だちとの交流を深めるのも大事大事よー!」

「ありがとうございます、ちょっと行ってきます」

「行ってらっしゃーい!」

前田は、まだ生徒会の手伝いだろうか。

「前田もなんか運営系の仕事してるんだよね」

「そうなん? 新入生なのに働くね~」

「あ、いた!」

前田はハンディカムのようなものを触っていた。

「前田! お疲れさま!」

「お疲れ」

「前田くん、お疲れ! え、何、記録係?」

「うん、そんなとこ」

「えー、何か2人ともめちゃくちゃ働いてるんだな。俺今日ただ遊んでるだけだよ」

「前田、そんな重要な役割を任されてたのか……」

「いや、司会の真野くんほどではない」

「な、」

「ばっちり撮ってるから。後で見たかったら見よう」

「見ないよ!」

「でもなんかすごいご機嫌さんじゃん。朝はあんなに青白かったのに」

「そうなん? 確かに晴れやかだな~今の真野。いや良かったよなあ確かに」

恥ずかしくて、こそばゆい。でも、素直に嬉しかった。

「昼、どこで食べる?」

(かえで)くん、クラスの人は? やっぱ友達いない……」

「おい! またそのネタかい! 友達いるわクラスに! それでもお前らと食べたいと思ったから来たんだろうが!」

「……」

「……」

「ちょ、2人して照れるのやめて」

(かえで)くん、直球だよね」

「びっくりするから予告して欲しい」

「前田くんは本当にびっくりしてんの?」

「あの、」

突然、鈴の音のなるような女子の声。

3人同時に振り向くと、3人女子がいた。

「8組の、松原くん、ですよね? ちょっといいですか?」