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第32話 天賦の才能

2022年10月19日

これは……うっすら既視感があるにはあるけど……。

「え、はいそうだけど、何でしょうか?」

「あの、ちょっとお話いいですか?」

静かに、前田と顔を見合わせる。

「僕らもちょっと前こんな感じでラブレターもらったことあったよね?」

「まあ。中身全然違ったけどな」

そして僕らはスムーズに身を退き、(かえで)くんと女子たちを見送った。ちょっと前にテニス部の松野先輩がどうのこうの言っていたが、これからどんな松原(かえで)伝説が生まれていくのかと思うと、松野先輩なんて屁でもないと思う。

「あっ前田今日はお弁当なんだ。久しぶりだね」

前田は中学を卒業するまで、基本的に毎日お母さんが作ったお弁当を持ってきていた。僕も時々母さんに作ってもらっていたけど、そして母さんには悪いけど、前田のお母さんの作るお弁当はめちゃくちゃ美味しいのだ。見た目もなんか美しいし(でもわざとらしくないのもまた良い)学校には電子レンジがないので冷めたお弁当を食べるわけだが、冷めても美味しい、というやつだ。

「ほら」

前田が、唐揚げを一つ僕の目の前に差し出す。

「あ、うわあ、いいの?」

特に、定番中の定番だが、唐揚げがめちゃくちゃ美味しい。

「真野くんの分もって、多めに入ってるんだと思う」

僕は遠慮なく、目の前の唐揚げをパクリと一口でいただいた。

「うわ、あ~これだ、おいしい。この生姜の風味の加減が最高です」

「生姜好きだな。家でも唐揚げに生姜たっぷり入れてもらえばいいのに」

「うん、まあそうなんだけど……」

「あ、そういえば」

前田は傍に置いておいたハンディカムの電源を、再びオンにした。

「さっきまでの、見る?」

「え、やだ。見ないよ」

「いーじゃん、ちょっとだけ」

「やだ!」

お構いなしに、録画データが再生されてしまった。僕は一切画面の方を見ないようにして、朝コンビニで買ってきたお好み焼きパンを食べ始めた。

見ないようにはしていたのだが、残念ながら音の方は、耳に入ってきてしまった。

「え、ちょっと待って」

「なに」

「今の、僕の声だよね。僕がしゃべってるとこだよね」

少し巻き戻してもらう。いちばん最初のアナウンスのところだ。

『それでは、ただいまより、健脚会プログラム・歌おうぜ会を始めます。進行は私、放送部1年、真野が務めます。よろしくお願い……』

ちょっと待って。

「全っっっ然、ダメじゃん」

   

「真野くん、大丈夫?」

赤星くんが氷嚢を作ってくれて、僕の額に乗せてくれた。

「赤星くん、本当にごめんね何から何まで……」

「ううん! 真野くんさっきまでずっと頑張ってたもんね。ちゃんと休憩した方がいいよ」

「いや、全然、僕は本当何もできて……」

「放送部入ってまだ一か月くらいしか経ってないのに、意識高いんだなあ、真野」

横で前田が、うちわで扇いでくれている。

「う、うるさい」

「えっ真野くん本当にかっこ良かったけどなあ。普段の真野くんの声とはひと味違う感じで。滑舌も良いし。クラスの子たちもびっくりしてたよ」

「聞いたか? 真野」

「ううう、やめて、やめてよおお」

結局僕は軽い熱中症みたいなものになっていたようで、その後はずっと横になりながらステージを眺め、そして後半司会担当の川崎先輩の完璧なアナウンスを聞きながらさらに落ち込み、僕の初めての健脚会は幕を閉じたのだった。

前田が録画してくれていた中に納められていた僕のアナウンスは、ひどいものだった。自分で思っていたよりずっとひどかった。まず声が暗い。あとあんまり抑揚がなくて、どこが大事な部分なのかわかりづらい。でも同時に、これだけ落ち込むということはどこか驕っていた部分があったのだろうか……周りの人から褒めてもらうことが多かったし、もっと自分は良い感じにできていると思い込んでいた、ということを思い知らされて、さらに辛くなってしまった。ひたすらに辛かった。やっぱり、向いていない。

  

   

「え、真野くん。ちょっと待って」

「すみません。僕、やっぱり向いてないと思います。ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」

「ちょっと待って!」

退部届。今日の朝の当番は、副部長の吉森先輩だったから、ちょうど良いと思った。

吉森先輩に退部届を渡して、僕は放送室を飛び出した。