第40話 つぶれる
僕は思わず、立ち上がって全力で否定したくなった。でも、楓くんに何と言えば良いのか、今の僕の気持ちに適切な言葉を、僕は持っていない。
「少なくとも演劇とか芝居観てる人には、そうだったと思う。俺、女子チームの時は音響だったんだ。稽古の時から思ってたけど……本番はもっともっと違ったな。心臓が飛び出るくらい緊張した。だって俺がミスったら、目の前の芝居がめちゃくちゃになるんだもん。そんなこと絶対にしたくなかった。プロの目からみたらそりゃまだまだ全然かもしれないけど、今の自分たちにできる最高の空気と場を作れてたと思う、女子チームは。でもやっぱりどこかで、誰か失敗しないかなーって気持ちはあったよ。うっすらだけど。それでも、最後までうまくいってくれて本当に良かった」
「……」
楓くんだって、男子のチームだって最高だった。そう言いたいけど言えない。
「集計終わった後、また坂巻に言われたよ。『やっぱりあんた、大っ嫌い』って。俺は、坂巻たちのあの本番を観て、やっぱり俺向いてないんだって思って。今日で俺の役者人生も終わりだって思って」
「え?」
楓くんは、輝くような笑顔で話し続ける。
「そして、また生まれた!」
「……!?」
「一回死んで、それでまた次の日から、新生・松原楓の役者人生が始まる! 今まで何回死んだかわからんけど!」
「……」
「やっぱ、好きなんだよ。向いてないって、嫌いって言われても、それでもやっぱりやりたいから俺は何回でも死んで何回でも生まれる! あ、なんか死ぬ死ぬ言ってるけど全くもってマイナスの意味じゃないからな! 人間の細胞だって、全部日々死と再生の繰り返しなんだからな! 人類の歴史だってそうだろ!」
「ご、ごめん最後らへんはちょっとよくわかんない」
びっくりした。あれで、向いてないなんて思うことがあるのか。むしろ楓くんこそ、じゃないのか。
「また次は、もっとパワーアップしたものを真野にもお見せするから! 見捨てずに何卒!」
手を差し出される。彼の全てがきらきら光り輝いている。
楓くん、僕にはこんなすごい掌に触れる資格ないよ。でも、改めて彼を尊敬した。心の底から応援したいと思った。なんとか僕にも、力になれることはないのだろうか。
「いや……僕は、そんな、」
「ん?何もごもご言ってんだよ」
「……これ以上パワーアップされても、僕とか、つぶれちゃうよ」
「……」
「あはは」
「……」
「え?」
「……それ、あきちゃん先輩にも言われたわ」
「……え、」
「ははは、やっぱ真野は、なんかすげーな! また……」
「あたしは、つぶれないから!」
僕と楓くんは声のする方を向いた。
坂巻あんずさんが、仁王立ちしている。坂巻さんの登場の仕方って、いつもこんな感じじゃないか?
「あっ……」
「坂巻……聞いてたのか」
「そんな暇ない。たまたま通りがかっただけ」
坂巻さん……顔をちゃんと合わせるのは、あの時以来だ。
『やりたいことのために、がむしゃらになったことあるの?』
テニス部の、なんだっけ、なんとか先輩(名前忘れた)の時以来だよな、多分。
僕は少し、自分の身体が強張るのを感じた。
「つぶれたいやつは、勝手につぶれればいい。こっちもその方が好都合」
「おい、」
「やりたい人が多すぎるもん。ライバルは少ない方がいい。椅子の数は少ないんだから」
「何の話だよ、俺たち今そんな話……」
「そんな話でしょ。その程度の気持ちのやつと一緒にやりたくないし良いもの作れない。自分が傷つかずにすむ温い安全地帯でやってればって感じ」
「だから! なんでいっつもお前はそう攻撃的なんだよ! いくら熱量たっぷり気合十分でも、お前みたいな猫かぶりな上にトゲトゲしいやつと誰も一緒にやりたがらねえよ!」
「そうだよね~素の性格も大事だよね~。芝居は反吐が出そうな程下手くそなのに、現場にいてくれると楽しいからとかやりやすいからとかだけで呼ばれる役者もうんといるもんね! でもそれってどうなんだろうねー!」
「お前……!」
「こら」
キンキンに冷えてそうな2本のペットボトルが、楓くんと坂巻さんそれぞれのほっぺたに、ぴとっとあてがわれる。
「ぎいやあああああああああ!!!!!」
「ひいやあああああああああ!!!!!」
「あ、」
演劇部副部長の、麻生さんだ。
「うるさいです。稽古中いくらでも大声出せるんですから平時は自重するように」
「「ご、ごめんなさい……」」
なんだかんだ息ぴったりの、楓くんと坂巻さんだ。
「真野さん、先週は観に来て下さったみたいでありがとうございました。今日のお昼の放送も」
「いえ、とんでもないです」
「放送部の方も何やら大変そうですが、頑張ってくださいね」
「えっ」