第43話 何味かわかる?
「えっと、あとまだ少し先の話になりますが、7月の第一金曜日に球技大会があります。そこでの割り振りを……」
結局、今日は前田とほとんどしゃべらずに、一日が終わってしまった。
前田としゃべらなかったということは、今日誰ともしゃべっていないのとほぼ同義で、表情筋も全然使ってなくてガチガチだ。
その証拠に、帰りのホームルームが終わった後、赤星くんに「保健委員会の教室って2年6組だったよね?」と声をかけられて「え?」と反応した時、眉毛がうまく上がらなかった。使ってなさすぎだろう、表情筋。
「……真野くん、」
「基本的には組ごとでの縦割りになります。班長は3年生の中から……」
しゃべらなかったけど、ちょいちょい目は合った。でも、その度にふい、と逸らされてしまう。
「……嫌いじゃん、それ」
「真野くん、まーのーくん」
「3年生の各クラス2人のうちで、班長を決めて後で報告しに来てください」
前田に、嫌われた。どうしよう。終わりだ。
「ま、の、くん!」
ペチペチ!
手を叩かれて、ハッと我に返る。
「あ……ごめん」
「ううん、大丈夫?」
そうだ……それで、今日は放課後に委員会があって、僕は赤星くんと保健委員の委員会に来ていた。
「ごめん、話なんも聞いてなかった……」
「大丈夫、特に大した話してなかったから」
コソッと小声で赤星くんは言ったが、隣に座っていたおそらく2年生の先輩の視線が、ギロリとこちらに向いた気がして僕はヒヤッとした。
「どうしたの? 明らかに元気ないけど」
「うん……ケンカというか……失言というか……」
「え、前田くんと?」
前田。赤星くんの口からその名前を聞いたら、なんだかまた泣きそうになってきた。
「うん、そう。こんなの初めてでどうしたらいいかわかんなくて」
「真野くんの失言が原因なの?」
「うっ……多分、そうです」
「真野くんがどんなこと言ったのか知らないけど、前田くんそんなの気にしなさそうなのにね」
「そう、そうなんだよ、そうだからこそ……」
「そっか、」
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
「……それでは、保健委員会を終わります」
3年の保健委員長が委員会の終わりを告げる。ほんとに何も聞いてなかった。ごめん、赤星くん。
「ね、真野くん。部活までちょっと時間ある?」
ガゴンッ
「はい! 最近のマイブーム」
職員棟と校舎を繋ぐ渡り廊下と並行して建っている、大きな部室棟。その建物の職員棟側はあまり人通りがなく、一日中日陰になっているような場所に自動販売機が置いてあった。
「あ、ありがとう」
赤星くんが飲み物を奢ってくれた。渡されたのは、『お楽しみソーダ』。
「え、何これ……」
「書いてあるとーり! 炭酸ジュースだけど、何味かは飲んでみてのお楽しみ」
プシュッと音を立てて、赤星くんは同じ謎の缶ジュースをぐいっとひと口いった。あ、またグレープだ……と少しがっかりしている。
「こんなの、格技場前の自販機とかには置いてないよね?」
「そうそう、ここにしかないんだ! 真野くん、何味?」
恐る恐る、ひと口飲んでみる。甘い。甘いけど、何の味かよくわからない。
「え……りんご?」
「え! りんご!? りんごソーダ!? ほんとに?」
キラキラ目を輝かせて、赤星くんが迫ってくる。赤星くんってこんな風にはしゃぐんだなあと思ったら、少しほっこりした。
「……え、これ何味なんだろう」
ひと口飲んで、赤星くんは顔をしかめた。やっぱりよくわからないみたいだ。ただただ甘ったるい炭酸。
ふいに、ガラガラッと引き戸を開ける音が響いたかと思うと、2階の渡り廊下から声が聞こえてきた。
「ちょっと~前田っち、これもコピーお願あい」
「1枚10円です」
「え!なにそれえ~、テロルチョコ払いでいい?」
「現物払いは受け付けてないです」
「え~ケチくない?」
渡り廊下の2階、ちょうど購買部の売店の真上に、生徒会室がある。そこから出てきたのは……
「……前田、」
と、女子生徒。そうか、今日は委員会があったし、前田は生徒会のところに行ってたんだ。
「ありゃ、2年の茉莉さまだな」
「え、誰それ」
誰かと急に話し出した赤星くんの方へ振り向くと、そこには楓くんがいた。