第46話 身体が肉を求めてる
黒板に、1年9組ソフトボール男子チーム、最後のメンバーとして「前田優磨」と名前が記された。
お陰で、僕は第1希望のドッチボールメンバーになることができた。
前田がやります、と手を挙げた瞬間、教室のどこかで「きゃあ」と女子の小さい叫びが聞こえた。前田が振った3人、もしかしてこのクラスの中に誰かいる?
無事にソフトボールは片付いて良かったー! と、壇上の2人がテンション高く次のサッカーメンバー決めに移ろうとしている中、僕は「ありがとう、前田」と小さい声でお礼を言った。前田は少しだけ後ろを向いて、小さく「いや」と言った。
金曜日の授業が全て終わった。
「じゃあ、今年のエントリーは真野を除いた4名ということで」
石川先生が久しぶりにミーティングに参加している。髪を切ったようで、もともと若く見えるけどさらに若返った。大学生みたいだ。
「真野くん、本当にいいの? エントリーだけでも」
「いえ、大丈夫です」
それよりも、川崎先輩がエントリーしてくれて良かった。
今日も川崎先輩はお休みだ。みとちゃん先輩によれば、休むのは今週いっぱいで、来週からは登校するつもりらしい。
「それより来週末って……大丈夫なんですか? フラワーアートフェスティバルはみとちゃん先輩がメインでやるとして、もう一つ……」
話を逸らそうと思い切って聞いてみたけど、声が思いっきり尻すぼんだ。
川崎先輩のことももちろん心配だけど、気がかりなことはまだまだある。
「そうだね、野球部の練習試合は川崎でいく予定だったけど……」
「病み上がりで屋外試合に付き合うのは厳しいな。放送室も直射日光がすごいしな~」
石川先生が腕を組んでう~んと唸る。一瞬チラッと、僕の方を見た気がした。
「じゃ、わたし行きます」
さきぽん先輩が手を挙げる。
「だからフラワーの方のサブを真野くんにお願いして、野球はわたし行きます」
「さき、ありがとう」
「川崎には大会の方に集中して欲しい気持ちもあるし。かな、もね」
「……ありがとう」
「真野くん、勝手に決めちゃったけど大丈夫?」
「あ、いえ、はい! ありがとうございます」
「じゃ石川先生。打ち上げは高級しゃぶしゃぶでお願いします」
「え!!! 永楽亭!? また行くの!?」
「わたしあの店で食べ損ねた肉がまだまだあるんです。このまま引退できません」
「えええ~、だって3月に行ったばっかりだし、この前バーベキューやったし、」
「さきぽん先輩、引退とか言わないでください~まだ早いです~!」
「ごめん、みと~。わたしだってまだそんなつもりないよ~」
「えーっと! ひとまず4名エントリーで申し込んでおくので! みんなアナウンス部門でいいんだね! この土日で原稿完成させてきて! 今日は以上! お終いお疲れ!」
石川先生は逃げるように放送室から出て行った。
「真野くん、わたし余計なことしてない?」
今日は金曜日なので、放送室と部室両方の掃除をして終わりだ。
今日の帰りの放送当番は吉森先輩とみとちゃん先輩なので、2人はそのまま放送室に残り、僕とさきぽん先輩は部室の方をやることになった。
「えっ……なんでしょうか」
「さっきの。本当は野球部の練習試合の方行きたいとか、ない?」
「いえ! あ……こんな元気よく返事することじゃないですよね」
「あはは、真野くん素直だねえ。かなからさ、本当に軽~くだけど、真野くんが野球部の試合乗り気じゃないって聞いて」
「吉森先輩から……」
「あ! でも本当にそれだけしか聞いていない! 詳しい事情とかは知らないんだけど。わたしさ、中学の時バドミントン部で」
「そうなんですね。確かにさきぽん先輩、運動部のオーラありますよね。お肉好きなのも、それですか?」
「あはは、なにそれ。まあでもそうなのかな?」
「バドミントン部……うちの高校はないですよね」
「そうそう。結構真剣にやってて、なかなかの強豪校でさ。でも中3の時に右足変な風に捻挫して。それで辞めた」
「……そうだったんですね」
「かなとは中学から一緒でね、かなは合唱部だった。それで一緒にこの高校合格して、まさかの放送部に誘われてさ。こんな低い声で務まるかー! って拒否したんだけど、かなが、その声がずっと羨ましかったって」
「……惚気ですか」
「惚気だね。ごめん。それで無理やり放送部入って。正直、バドミントンどころか、運動部で頑張ってる子たちを見るだけでも辛かったんだけど、試合のアナウンスとかで関わるようになってさ。体育祭の司会とか。こういう形もあるんだって思って」
「こういう形?」
「自分の好きなものとの関わり方というか、繋がり方」