UA-199891397-1

第48話 それどころじゃないから

2022年7月3日

月曜の朝。

朝のアナウンスは久しぶりに、川崎先輩だった。良かった、無事に今日から学校復活みたいだ。

「おはようございます。8:15になりました。生徒の皆さんは、教室に入りましょう」

僕が知っている、いつもの完璧な川崎先輩のアナウンスだった。

この放送が入ると学校内がバタバタし出す。先週は僕も当事者として、教室めがけてダッシュしたことを思い出した。

……今日も、目の前の彼は僕に軽く「おはよ」とだけ言って、後ろを向いてくれない。

バタバタバタバタバタバタ……ガラッ

誰かがいつになく、教室に激しく駆け込んできた。時計を見ると8時17分。まだ全然余裕あると思うけど。

「まっ、真野くんー!!!!!」

赤星くんだ。赤星くんは教室に入るなり自分の机にカバンを投げ捨て(出席番号1番なので、彼の席は前扉から入ってすぐの一番前だ。)、瞳をキラキラさせてニッコニコで僕の方へ近づいてきた。

「あ、赤星くんおはよう」

「おはよう!ねえ!放送部の人が来てくれるの!?」

「え?」

「うちの野球部の試合!今週の日曜のやつ!」

「あ、」

そうか。野球部の方でも知らされるものなのか。

「そうそう。でも僕は担当じゃなくて。先輩が場内アナウンスを担当するみたい」

僕はできるだけ平静を装って、笑顔で答えた。

「そっかあ~。勝手に真野くんが来てくれると思ってテンション上がっちゃった!」

「あはは、僕まだ入ったばっかだし、ぺーぺー過ぎるから無理だろうなあ」

理由は他にもあるけど。

「でもさ、公式戦始まったらそっちは真野くんもやったりするんでしょ?旭前球場の場内アナウンス担当って聞いたよ!」

「え?」

「旭前球場の試合の場内アナウンス、うちの放送部も担当するって」

旭前球場とは、学校のすぐ近くにあるそこそこ大きい球場だ。高校野球などの地方大会の公式戦も、そこで行われている。

練習試合の話は聞いていたけど、旭前球場の話は聞いていない。どういうことだろう。

「真野くんが場内アナウンスしてくれたらめちゃくちゃ嬉しいなあ~。名前呼ばれてバッターボックス入りたいもん!ね、前田くん!」

唐突に、赤星くんが前田に話を振った。

ただでさえ頭がパニックを通り越して思考停止中なのに、前田まで入ってきたら今度こそ僕はぶっ倒れる気がする。やめて赤星くん、まだ僕たち元に戻ってない。

前田はくるっと僕たちの方を向いた。何て言うんだろう。怖い。手が冷たくなってきた。ぶっきらぼうにサラッと流してくれればそれでいい。だって前田、今僕と絡みたくないんだろう。

すると前田は、普段しないような、穏やかな笑顔でこう言った。

「良かったな、真野。お前だってめちゃくちゃ野球好きだもんな」

      

      

「何日も休んじゃってごめんね。ご迷惑おかけしました」

ペコリとお辞儀をされる。久しぶりに会う川崎先輩は、少しだけ顔色が悪いような気がした。まだ本調子ではなさそうだ。

「あれ、真野くん顔色悪くない?大丈夫?」

「え……いえいえ、全然大丈夫です!」

僕たちは、中庭にあるベンチに2人で腰を掛けた。腰を掛けるや否や、川崎先輩の手作りと思われるクッキーを渡された。青と黄色の、ちょっと派手目のチェック柄の袋。

「体調不良だったやつがクッキーなんて作ってんじゃねーよーって感じだよね、ごめん」

てへへ、と川崎先輩が笑う。

「ていうか、ごめんねえ。お昼に呼び出しちゃったりして。いつもは前田くんとランチでしょ~?」

「そ、そうですね。罰として放課後にアイスを奢るように言われました」

「え、何。罰って何、何それ、えっ」

「あ、いや何ていうかお昼ドタキャン?一人にした罰というか、他の人と昼ごはん食べることについての罰というか……ん?」

自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきた。

「なんっな、何それえええええ!!!どういうこと!放課後に真野くんにアイス奢らせて、そんでその後はどうするのよ!?そのアイスはどうするのよおおおおお!?」

「あのちょっと全然よくわからないんですけど、とりあえず落ち着いてください!!!」

川崎先輩のただでさえ滑舌良く伸びやかな声が、中庭に響き渡っている。校舎と校舎に挟まれているため、反響板がたくさんある感じになっているので余計うるさく聞こえる、気がする。

何故か2人とも荒くなっていた息を、いったん鎮めた。

「ハアハア……あー、何だか久しぶりに白熱してしまった。とりあえずご飯食べよっか!あはは」

川崎先輩は、お弁当用の小さめバッグの中からお弁当箱を取り出した。僕も朝コンビニで買ってきた焼きそばパンの袋を開ける。

「それでさ、早速本題に入ってしまってアレなんだけど」

「え、は、はひ!」

まさか今の今までの流れから急に本題に入るとは思わず、僕は焼きそばパンを頬張りながら焦って姿勢を正した。

川崎先輩は前を向いてひと息吐き出してから、僕の方に身体を向きなおした。

さっきまでの表情とは一変、川崎先輩の顔が暗くなって、まっすぐに僕を見つめる。

「真野くんさ、エントリーしなかったの、何で?」

「え?」

「コンクール。エントリーしなかったんでしょ。どうして」

川崎先輩は、怒っている。