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第49話 不安にすがりつく

2022年10月19日

「いえ……僕はまだ、そんなコンクールなんて出るような、」

だって、まだギリギリ5月。放送部入ったの4月だよ。

「なんで! そんなことない」

声を荒げる川崎先輩を初めて見た。

「わたしが真野くんだったら、絶対出てる。始めたばっかりでまだ経験も少ないからこそ、軽い気持ちで腕試しすればいいじゃん。どうして?」

「すみません、正直、全然考えていなくて……」

僕は今それどころじゃない。それに、川崎先輩だってエントリーを迷ってたんじゃないのか?

「この前あんな所見せちゃったから、幻滅した?」

「え?」

「さくら先輩のことがあって……情けないけど精神的に辛くなっちゃって、プチ不登校してたし、放送も噛みまくってたし。真野くんのやる気削いじゃってたら本当にごめんなさい」

「違います! それはないです、本当に。川崎先輩がエントリーしてくれて、僕嬉しかったです」

「だったら! 真野くんもやろうよ。真野くんと競わせてよ!」

競う?

「競うなんて、そんなこと……そういうのは、無理です、僕」

「違う、競いたいんじゃなくて、そういうことじゃなくて。一緒にやりたいの。一緒に頑張らせてよ。だって2回しかないんだよ? 真野くんと一緒にコンクール頑張れるの。今年できなかったら、来年1回しか……」

「来年じゃ、ダメですか?」

声が震えた。

「……すみません、僕今、こんなこと先輩に言うの失礼ってわかってるんですけど、」

どうしたらいいのかわからない。何を、どう行動したらいいのか。

人を傷つけて、でも僕が思ってることと違うかもしれないし、まだ彼に謝れてなくて、何て言ったらいいかわからなくて。誰かに縋りつきたいけどできない。今まで縋りついてきた相手だから。

『嫌いだね』

あの時のあの言葉は、僕に対して言ったのかと思うくらい。でもそれも失礼だって、わかってる。

「僕、コンクールに出る余裕がありません」

「……」

自分の主張だけは、はっきり言うんだよないつも、僕。

「真野くん」

「はい」

川崎先輩の顔が見られない。

「そうやってなんだかんだと理由を見つけて、うまくかわして、あっという間に死んじゃうよ」

「……」

「怖がらないで面倒くさがらないで、ちゃんと殴り合ってよ。わたしだって死んじゃうよ」

「死ぬなんて……大げさなこと言って脅さないでください」

「大げさじゃない。真野くんはわたしが欲しいものいっぱい持ってる。もったいないよ」

「そんなことありません。それに、エントリー締め切りももう過ぎてますし」

「石川先生に言ったらなんとかしてくれるよ、きっと」

「原稿だって、何にも考えてきてません」

「そんなの大丈夫、今日一緒に考えよう」

「先輩たちに、お手間をかけさせたくありません」

「手間じゃないよ、わたしたちだって去年、先輩たちにそうしてもらったんだから」

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー面倒くさい。

自分たちが思う良いこと、良いもの、キラキラしたものたちを押し付けないで欲しい。善かれと思って、ってやつでしょう? 息が詰まるんだよ。

「一緒に頑張ろう? 不安かもしれないけど、夏が終わったら真野くんもきっとやって良かったって思うはず。わたしも先輩たちに……」

僕が野球好きだって? なんでそれを前田が言うの? いつから、そう思ってた?

「不安なのは川崎先輩でしょう?」

「……え?」

「僕を、本内さくらさんの代わりにしないでください」

川崎先輩の膝の上に置かれていたお弁当箱が、地面に落ちた。艶のある綺麗な黄色をした玉子焼きと、プチトマトが2つ程外に転がっている。

「真野、く……」

「一緒に頑張れる人がいないと、頑張れない人なんですか? 川崎先輩は」

「待って、」

「でもそれって、今の放送部の僕以外のメンバーでは務まらないってことですか?」

キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン

昼休み終了の予鈴が鳴る。さっきまで、ずっとクラッシック音楽が流れていたことに今気づいた。聞いたことある曲だけどタイトルはわからない。こういう日は大抵、当番はさきぽん先輩とみとちゃん先輩だ。流しっぱなしにして、裏でずっとおしゃべりしているんだろう。

「……すみません、失礼なこと言い過ぎました」

地面に転がったお弁当の片づけを手伝う。2人とも昼ご飯を食べ損ねた。

「……大丈夫」

川崎先輩がものすごく小さい声で、ぽそりと言った。