第51話 さくらが散る前に
「僕は、どうしたらいいですか」
今日は朝からずっと曇りだ。中庭でランチをした時も曇っていた。窓の外を見ても、光は見えない。
「どうしたら、放送部の役に立てますか? 川崎先輩は僕にどうして欲しいですか? どうしたら許してくれますか」
聞いてばっかり。でも考えてるんだ、それでもわからない。
「エントリーしなくてすみません。タイミングよくちょうどいい理由があって、逃げました」
今日は何故か、まっすぐ先輩たちの顔をひとりひとり見ながら話せた。
「どうしたらここにいていいですか。ここにいていい資格が、できますか」
沈黙の間。時計の針の音が良く聞こえる。もうすぐ時間だ。
さきぽん先輩がすっと立ち上がって、準備を始める。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
「下校の時間になりました。まだ校内に残っている生徒は、消灯、戸締りの確認をしてから帰りましょう。」
「……ここにいていい資格とか理由とかない。役に立つとか立たないとかそんなのもいらないよ」
蛍の光。
みとちゃん先輩が、答えてくれた。
「真野くんがここでやりたいことをやって。簡単なことだよ、それだけ」
「あっ真野、お疲れ~! もう終わったのか?」
廊下で石川先生とすれ違った。
「はい。お疲れさまです」
「今日も結局間に合わなくて申し訳ない。もう戸締りも全部終わっちゃった?」
「いえ、まだ先輩たちはいると思います。すみません、僕だけちょっとお先に……」
「そうか」
その後、先生の声が続かないと思って、それまで伏せていた顔をちょっとだけ上げる。
石川先生が少しかがんで僕に視線を合わせていた。
「あっ……」
「真野、大丈夫か?」
先生のこんな顔、初めて見た。僕は今どんな顔をしてるだろう。
「放送部は……みんなまっすぐで頑張り屋な子ばかりだから、真野も入ったばかりだし戸惑うことも多いと思う」
「先生!」
「ん?」
「僕は、辞めたいとかは思ってないです」
「うん、わかってるよ」
「でもどうしたらいいか、」
「うん」
石川先生が優しく相槌を打ってくれる度に、なんだか泣きそうになってきてしまう。
「ごめんなさい」
「謝ることなんて何もないぞー真野」
石川先生の手が、僕の頭の上に乗る。重い。けど、その重みに安心する。石川先生は優しい。
「あれ、石川先生、自分のとこの子泣かせてるんですか?」
聞き馴染みのある声が、廊下の先から響いてきた。
「うお、泣かせてない! 泣かせてないよな、真野!?」
先生がめちゃくちゃ慌てだす。
「真野くん、大丈夫? 放送部でいじめられた?」
演劇部の、あきちゃん先輩だ。
背筋が少しだけヒュンッとした気がした。正直今いちばん会いたくない人の1人かもしれない。
「も~水上―。びっくりさせるなよー」
「あはは、先生、放送部でうまくいってないんならいつでも演劇部が引き取りますんで」
「む! そんなことないよなあ真野! ……ね?」
最後弱気にならないで欲しい。
「はい。演劇部には絶対行きません」
「ぜっ、ちょっと、あの、仲良くな~? ん~?」
「相変わらずだねえ真野くん。安心した」
僕とあきちゃん先輩の間に流れる不穏な空気を感じ取ってか、また石川先生がわたわたし始めた。
「石川先生、僕たちは大丈夫ですから。部活の方行かなくていいんですか?」
あきちゃん先輩が促すと、先生は眉間に皺を寄せながらわたわたと立ち去ろうとする。
「あ~~~じゃあ行きますんで! 僕は行きますので! 喧嘩するなよ! 家に着くまでが学校だからな!」
気をつけろよーとかなんとかずっと言いながら、先生は放送室の方へ向かい廊下を曲がっていった。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
軽く挨拶でもしてすぐにその場を立ち去ればよかったのに、何故かそれができなかった。
そして、すぐにその沈黙はあきちゃん先輩によって破られた。
「真野くん、コンクールのエントリーしなかったんでしょ? 聞いたよ」
「……はい」
誰に?
「どうして?」
「……」
「怖くなった?」
「怖いです」
「何が怖いの?」
「恥をかきたくないです、そんな自分を直視するのも」
「今までどんな恥をかいてきたの?」
「……何もしてこなかった恥」
「それじゃあまたその恥を上塗りしたんだね」
「……」
「でも、わかってるんならいいんじゃない?本当にわかってるならだけど」
ああ。
「今のその自分は直視できてるの?」
「もうやめてください!」
この人って。
「なんでそんなに僕に構うんですか?」
「え? うーん……」
「僕、何かしましたか? いや……思い返してみると生意気なことばかり言ってしまって、それは本当にすみません。でもそれだって、」
「さくらに似てるから」