第52話 いつまでもぼんやりと
「え?」
「真野くんを見てるとさくらを思い出す、と思ったけど……あー違うな。さくらはそれでもやり通そうとしたから。でもだめだった」
「さくらって、本内さくらさんのことですか?」
放送部、元部長。元、になってしまった。
「そうだよ。でも違う。今の話は忘れて」
「さくらさんに放送部を辞めさせたの、あきちゃん先輩なんですか」
「まさか。自分で決めたんだろ」
あきちゃん先輩の語気が急にきつくなる。反射的に僕は、背筋を強張らせた。やっぱり、何を考えてるのかわからない。なるべく関わりたくない。
「真野くんとさくらは違うよ。だからこそ、楽しみにしてるんだ」
だけど、何とかこの人から何か一つ答えを見出したいという気持ちも、実はある。あ~そうだったのか、全てはそれのためだったのかって、ホッと安心させて欲しい。本当は、悪い人じゃないんだって。楓くんや坂巻さんは、もっと酷いことを言われたり、この人のもっともっと嫌なところ見てるはずだ。それでもこの人についていこうとしている。それはやっぱり、少なからず僕と同じように感じているからというのもあるんじゃないのかと思う。
「前田くんも、僕と同じように思ってるんじゃないかな?」
僕と前田くん、実は結構似てると思う。
あきちゃん先輩は最後に、とっておきとでも言うように、僕の耳にそう小さく言い放って廊下の暗がりに消えてしまった。
思ってもみなかった名前が急にポンっと出てきて、僕は何が何だかわからず、そのまましばらく立ち尽くしてしまった。
そのままぼんやり、火曜、水曜と日は過ぎていった。
土日のフラワーアートフェスティバルの打ち合わせに並行して、先輩たちのコンクールの原稿選定や課題収録も行われていたので、内容は盛りだくさんだ。普通の子だったら、いよいよ部活も忙しくなってきたと大いに気持ちが盛り上がって、高校生活も楽しくなってきたことを実感する時期なのかもしれないけど、僕は全くそんな気持ちにはなれなかった。部活中、話もちゃんと聞いていなかった。……それはいつも通りかもしれない。
でも人生、いつまでもぼんやりが続くわけじゃない。
このまま一生、このままかと、まあそれでもいいしむしろ望んでいたことだろうと、ほんの少しの絶望も混じりながら気が緩みまくっていたところだった。
木曜日。
3時間目の体育。今日から授業内容が、今度の球技大会に向けての練習時間みたいになっていた。
開始早々ボールを当てられて、外野に突っ立っていた僕。内野の皆さんは楽しそうにドッチボールを満喫している。今日も世界は平和そうに見える。ドッチボール組は校庭の北側の一番端っこで細々と、その隣、というか校庭の大部分を使ってソフトボール組、その向こうでサッカー組がわいわいやっていた。だから、僕はなるべく横を見ないようにしていた。ソフトボールと、前田。そのせいで、その瞬間は見ずにすんだのだ。
前田くん! と赤星くんの叫ぶ声が聞こえて、振り向いたら前田が鼻からめちゃくちゃ血を出していた。
打球が、ピッチャーをやっていた前田の顔面に直撃したらしい。なんで前田がピッチャーやってるんだ?
僕は駆け寄ることもできず、ゆるゆるドッチボールの外野で立ち尽くしていた。スポーツ万能でしょ? 前田なら避けることだってできそうなのに、そんなに剛速球だったのだろうか? ピッチャーもできちゃうんだなあ、前田。あーあ。ピッチャーやってる前田、見たかった。見とけば良かった。僕が見てたら、こんなことにはならなかったかもね。だって僕が見てる時の前田はいつだって完璧のプレーをしてたから。どれだけ前田のサッカーの試合を観に行っただろう。大丈夫かな。ボーっとしてたのかな、僕みたいに。今どんな気持ちだろう。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
その後前田は、保健室の先生と一緒に病院へ行ったらしい。
午後、空が急に暗くなってきて土砂降りの雨が降ってきた。どうやら台風が近づいてきているようだ。少し頭が痛い。
家に帰って、母さんに前田のことを報告した。まあ大変、運動神経抜群の前田くんでもそんなことあるんだねえ、とか何とか言って、お見舞いにいかなきゃね、明日母さん何かお菓子買って来るから、あ、前田くん好きなお菓子あったっけ?、なんて聞いてきた。
好きなお菓子、あるよ。前田の好きなお菓子を持って、明日、お見舞いに行こう。