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第54話 かわいそう

2022年10月19日

「……なんの話」

前田を見る。ものすごく、意地悪な顔をしてる。こんな顔するんだ、前田。

「小3からずっと一緒にいるけど、お前がケガして包帯とか巻いてるの見たことない」

「僕だってケガくらいする」

「ま、指先にはよく絆創膏貼ってたよな。ささくれが酷くて、よく皮剝いて血出してたもんな。今もか」

前田にぐっと手を引かれる。左手の薬指にひどいささくれ。多分無意識にまた剝いてしまったんだろう、血が少し滲んでいる。

僕は思わず、前田の手を振り払った。

そんなとこまで見られてたなんて。一気に羞恥心みたいなものが駆け上ってきて、顔が熱くなる。

「ソフトボールでも結構痛かったから、硬球なんてもっとなんだろうな」

だんだんと、足元が崩れていくような感覚がする。前田から目を逸らしたいけど逸らせない。嫌だ、嫌だけど、もう遅いのかもしれない。

「この前、何でサッカー辞めたのかって聞いてきたけどさ、今度は俺の番」

トラウマ。ある意味ケガはしてるよ。血が出てなきゃ、骨が折れてなきゃケガって言っちゃダメなのか?

「何で辞めたの? 真野」

そのケガがずっと治らなくて、ぐじゅぐじゅして、もう一生治らないんだ。

「俺は覚えてるよ。お前が、兄貴と同じリトルリーグ……」

「なんで」

「ん?」

なんで知ってるんだ。

「吉森先輩と、つながってたの」

「つながってるって何だよ」

「……まさか、付き合って、」

「んな訳ないだろ。なんでだよ」

「だってそれ、トラウマの、ケガの話」

「うん」

吉森先輩にそれらしく話した、都合の良い不誠実な、つまらない僕の嘘。

「お前、吉森先輩に何て言ったんだよ」

息つく間もなく、前田が追い打ちをかける。

前田、僕のことどう思ってるの?

「知ってるんだろ、前田。何で……僕にまたここでわざわざ言わせなくたっていいだろ」

「真野」

前田の声色が変わった。

「今日何しに来たの」

思わず涙がこぼれそうになる。前田に謝りたくて来た。前田と仲直りしたくて。

でも声が、言葉が出ない。

「これ、自分のせいだと思ってる?」

前田は自分の鼻を固定する白いガーゼを指さした。

「お前のせいだよ。お前がまたいつもみたいに動けなくて震えてるから、かわいそうだから俺が代わりに手挙げた。そしたらこれだよ。俺が間違ってたのかな」

「……前田は、僕のこと、かわいそうだって思ってたんだ、」

堤防が、遂に決壊してしまった。

人前で泣いたの、いつぶりだろう。

「うん。俺が何とかしなくちゃって、思い過ぎてたかも」

「やだ、何だよ。何でそんなひどいこと言うんだよ、やめて」

あまりにショックで、とても冷静じゃいられない。

一番恐れていた現実が今、目の前に露呈されてしまった。 「俺と同じ囲碁将棋部に入ろうかなって言いだした時はどうしようかと思ったよ。せっかく放送部に入るように色々手回しといたのに。演劇部のやつらは想定外だったな……でも結果的に真野の放送部入部に良いように働いた気がするから、まあいいよ。だけどあれだ、現実逃避に利用したよなお前。本当は自分のこと考えなきゃいけないのに耐えられないから、それでタイミングよく演劇部のお披露目公演があって、そっちに逃げただろ。なんだよ、そんな顔して。そのくらいわかるよ。ずっと一緒にいたじゃん。お前は俺のことわかんないの? 全然わかんない? サッカーいきなり辞めたからわかんなくなった? 俺はお前のことずっと友だちだと思ってたけど。お前しかいないよ。じゃあお前は友だちって何だと思ってるの? いや俺もわかんないよ、そんなこと言われたって。お前だって何も言ってくれなかったくせに。何も言ってくれないから、でも寂しそうだから、俺なりに自分で色々考えて行動してきたんだよ。好きなものを好きって言えないって、どういうことなんだろうって。お前俺のサッカーの試合ほぼほぼ全部観に来てくれてたのに、春休みと夏休み、絶対来てくれない日あっただろ。あれ、おばさんに一回聞いたことあるんだよ。そしたら、開会式だけは絶対にテレビの前に張り付いて見てるって。試合はそんなに熱心に見ないくせに、なんで開会式はあんな真剣に見るんだろう。出場校のプラカード持った女の子でも見てんのかしらねぇって。この前のセンバツも、見てたの? お前のために、なんて言わないけど、でも少なくとも高校入ってからはそうだよ、ほとんど全部お前のために、あ、お前のために、か。……サッカー嫌いな俺は嫌か?じゃあなんでお前がそんな顔するんだよ。なら聞くけどさ、俺がサッカーじゃなくて野球やってたら、俺と友だちになってくれた? もし野球やってたら、俺と仲良くしてくれてないだろ」