第9話 生き遅れのアナウンス
「下校の時間になりました。まだ校内に残っている生徒は、消灯、戸締りの確認をしてから帰りましょう。」
女子生徒の声だ。放送部の誰かなのだろう。とてもきれいなアナウンスだった。
アナウンスが終わり、蛍の光が流れ始める。
今まで下校時間を知らせるアナウンスを、こんなにもちゃんと聞いたことはなかった。いや、聞いたというより、しっかり耳に入ってきたことはない。
それは昨日、自分があの放送室という空間にいて、マイクの前で同じ文章を読んだせいだろうか。日中に流れた他のアナウンスは全く気にならなかったはずなのに、今僕はすごく心が静かだ。静かで、たったひとつのこと、昨日のあのアナウンスの瞬間をものすごくゆっくりと、丁寧に思い出していた。あの時と同じように、また心臓がドクドクとうるさくなってくる。
「今の、体験の人の可能性もあるんだよな」
前田がポツリと言った。その言葉で、やっと僕は我に返った。
「あ、そうだね。でもすごくきれいというか慣れてる感じに聞こえたから、部員の人かなあとは思ったけど」
僕たちはその言葉を最後に、それから2人ともずっと黙り込んだまま、各自の家へと帰っていった。
次の日。部活動体験週間3日目。
「え?!囲碁将棋部にするの?!」
「うん」
前田から意思決定の宣言を受ける朝。
「まだ3日体験期間あるけど、決めたってこと?」
「うん」
意思は、固いようだ。いや好感触だったのはわかるし、興味湧いてそうなのは感じていたけど、いざ「囲碁将棋部に入る」と言われると戸惑いが隠せない。あの前田が、囲碁将棋部…。
「変?」
「い、いやいや。決断が早いなあというか…」
「お前はどうするの?」
「いや、うん。まだ日数あるからまだ全然決めようとしてなかった。」
「今週いっぱいだしな」
「えっ入部届は…」
「今朝出してきた。」
「ええええーーーーーーー!!!!!」
思わず大きな声を出してしまい、クラスの皆の視線を集めてしまった。あ、顔が熱い。
「ごめん…」
「おう」
「行動早いね…確かに前田は行動が早い人間だった、うん」
「どうした」
「いやいや…とりあえず、僕はもうちょっと考えてみるよ」
「おう」
あと数分で、朝のホームルームだ。
僕はなんとなく、トボトボというかトツトツ、というか…そんな足取りで自分の席へ戻っていきたい気分だったけど、残念ながら僕の席は前田の真後ろ。僕たちは座ったまま、前田はくるっと前を向いてこれからの準備を始めた。
こういう感覚には、よくよくなるのだ。僕だけ取り残されている感じ。僕だけ、生き遅れているような感じ。
今までもそうだった。小学校の時、周りの男子たちが夢中になっていたコマのおもちゃ。彼らが飽きてきたころ、僕は興味を持ち始めた。みんなが買い始めた週刊漫画雑誌。僕も自分で買うようになるまで、半年とか1年とか、周りと比べてそれくらいずれていた。声変わりも、中学の時、遅い方だったと思う。
目の前には前田の後頭部。前田のことは好きだけど、たまに嫉妬のような何とも言えない苦々しい感情を抱いてしまうことがある。そんな自分もとても嫌だった。